ジャニーズの紅白出場回数ランキング!2018年分までを集計

アイドル

1年の締めくくりといえば、紅白歌合戦ですよね。

家族そろって大晦日の夜は楽しく見て、盛り上がりますね。

しかし、出演するジャニーズタレントは毎年数組。

多くの人に好きなジャニーズタレントを知ってほしいのに、出演しているタレントは限られています。

出演するアーティストは1年で爪痕を残したり、誰もが知っている有名アーティストばかり。

ミリオンセラーのヒット曲を残したり、国民的アイドルの立ち位置までのぼりつめたりすることで、出演してきたジャニーズタレントたちがたくさんいます。

大晦日の風物詩ともいえる紅白歌合戦に、出演したことのあるジャニーズタレントは、いったいどれくらいいるのでしょうか。

また、出演を期待されているジャニーズグループとはいったいどのグループでしょうか。

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10位 King&Prince(1回)

 

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2018年にCDデビューを果たしたKing&Prince。

デビュー1年目で紅白歌合戦に初出場し、世間を驚かせました。

歌った曲は「シンデレラガール」でした。

シンデレラガールは約70万枚ヒットし、デビューしてからずっとシンデレラガールを歌い続けるほど人気曲です。

King&Princeは6人組ですが、岩橋玄樹が活動休止している為、5人で活動をしていました。

紅白歌合戦にも5人で出場しました。

シンデレラガールの歌いだしで全員が一列になって踊りだすタイミングで、それぞれのメンバーカラーのスポットライトが当てられました。

岩橋玄樹がいたところは、だれも立たずに岩橋玄樹のメンバーカラーである濃いピンクのスポットライトが当てられました。

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10位KinKi Kids(1回)

 

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1997年に「硝子の少年」でCDデビューを果たしたKinKi Kids。

オリコン初登場で1位を獲得し、ミリオンセラーのヒットとなりました。

また、松本隆作詞、山下達郎作曲であることから、世間から大注目を浴びました。

しかし、2016年まで一度も紅白歌合戦に出場することはありませんでした。

1997年にデビューしてから、カウントダウンコンサートを行っていたため出場することができませんでした。

2016年にデビューから20周年経ち、アニバーサリーイヤーということで、デビュー曲の硝子の少年を歌うことになりました。

作曲した山下達郎は「硝子の少年は20年経っても歌える曲」と話しており、時代を感じさせない曲を披露しました。

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10位 ジャニーズ(1回)

1962年に結成され、1967年まで活動した初代ジャニーズ。

結成当時は、野球チームとして結成されました。

そして、雨で野球の練習が出来なかった日に、映画「ウエスト・サイド物語」を見た途端、衝撃を受けました。

今まで野球チームでしたが、舞台芸術の道へと進むこととなりました。

ダンスレッスンを重ね、歌番組でバックダンサーとして活動し始めました。

1965年、紅白歌合戦にジャニーズ事務所として唯一の出場を果たしました。

疲労したのは音楽劇「三文オペラ」の劇中歌「マック・ザ・ナイフ」のカバー曲でした。

出場時のパフォーマンスは舞台を意識したものになりました。

ちなみに、1966年に発売された「涙くんさようなら」はジャニーズの代表曲です。

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9位 Hey!Say!JUMP(2回)

 

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2017年 カレーのCMソングで有名になった「Come On A My House」で紅白初出場を果たしたHey!Say!JUMP。

平成の時代を高くジャンプしていくという意味を込めてグループ名が名付けられました。

その為、2018年平成最後の紅白歌合戦にも出場しています。

2012年、Hey!Say!JUMPはコンサートツアーを行いました。

横浜アリーナで史上初の7日間連続10公演のコンサートを行い、観客動員数を伸ばしました。

山田涼介と知念侑李はNYCboysですでに紅白歌合戦に出場していました。

Hey!Say!JUMPが出場したのは、NYCboysの後枠とみられます。

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9位 男闘呼組(2回)

 

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1988年にDAYBREAKで紅白初出場を果たした男闘呼組。

男闘呼組はアイドル色は見せずに、バンド活動中心に活動していました。

現在でいうTOKIOのような活動と思われがちですが、男闘呼組は農業や数少ないアイドル活動も行っていません。

CDデビュー前からアイドルというよりも音楽的志向が強く、コンサートではファンに対してペンライト禁止令が出されたほど。

メンバー自身で作詞や作曲を行い、本格的なバンドとして評価されるようになりました。

1989年にはTIMEZONEで2度目の紅白歌合戦に出場しました。

武田鉄矢から「男の闘志を呼ぶ組」と紹介され、男性の憧れとして注目を集めました。

1993年にメンバーの高橋一也が事務所を解雇された為、活動休止することになりました。

メンバーとして活動していた岡本健一はいまだにジャニーズ事務所に所属していますが、男が憧れるジャニーズタレントとして現役で活躍しています。

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8位 V6(3回)

 

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2014年に20周年の節目に合わせて初出場を果たしたV6。

家族みんなで見れる番組である「学校へ行こう!」や「伊東家の食卓」に出演するなどし、人気を博していました。

また、「WAになっておどろう」を1997年にカバー曲としてリリースしています。

1997年にNHK「みんなのうた」で放送されたり、1998年長野オリンピックのテーマソングに起用されたりしました。

「WAになっておどろう」も小さな子どもから歌える家族向けの歌になりました。

NHKに貢献し、家族向けのジャニーズアイドルになったにもかかわらず、紅白歌合戦の出場はデビューより20年間ありませんでした。

2014年に出場できたのにも理由があります。

1つ目はジャニーズ出場枠が6枠へと増えたこと。

2つ目は特別功労賞として、これまでの活躍を称えられた為。

20年間、老若男女に愛されるジャニーズアイドルとして成長してきたことが、紅白初出場に繋がりました。

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7位 シブがき隊(5回)

 

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1982年に「100%…そうかもね!」で紅白初出場を果たしたシブがき隊。

トップバッターを飾り、活気づけました。

1982年から1986年まで5回出場しました。

1986年の紅白歌合戦は、本来落選で、出場する予定ではありませんでした。

5回目の紅白歌合戦の出場は急遽決まりました。

出場する予定だった北島三郎と山本譲二が辞退した為、代役としてシブがき隊が出場しました。

薬丸裕英はテレビで「落選してハワイにいた。ハワイのプールサイドで「しょうがねー」って日焼けしてた」と話しています。

落選のショックを振り返ってリラックスしていました。

出場の連絡があったのは、直前の12月29日。

格好悪いから帰りたくない」と駄々をこねていましたが、事務所の人から「帰ってきなさい!」と言われ、すぐに帰国し、紅白歌合戦へそのまま出場しました。

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6位 光GENJI(6回)

 

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1988年から1993年に6回出場した光GENJI。

1987年にデビューし、翌年1988年に紅白歌合戦初出場。

そして、1993年に出場したのが最後となり、1995年に解散しています。

人気絶頂の中、歌った最初の紅白歌合戦での歌はヒット曲メドレーでした。

パラダイス銀河ガラスの十代など、誰もが知っているようなヒット曲が盛り込まれていました。

1993年には勇気100%が歌われました。

NHKで放送されたアニメ「忍たま乱太郎」の主題歌で、NHKにも貢献していたことが分かります。

光GENJIのメンバーに未成年者がおり、深夜の歌番組に出演する際には、代わりのメンバーで歌ったり、出演時だけ事前収録だけにしたりしていました。

そして、当時14歳のメンバーが深夜の歌番組に出演した疑いで、労働基準監督署から調査が行われました。

結果的に、「労働者とは認められない」と判断を下し、「表現者」と位置付けられました。

人気があるため「表現者」とみなされたのです。

表現者とみなされた事件を「芸能タレント通達」や「光GENJI通達」と呼ばれ、以降は未成年のメンバーも含めて全員で出演することが多くなりました。

異例の判断がされるほど、人気のアイドルでした!

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6位 Sexy Zone(6回)

 

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2013年、初出場を果たしたSexyZone。

披露した曲は「SexyZone」や「Ladyダイヤモンド」のヒット曲を含めた5曲のメドレーでした。

白組のトップバッターを務め、景気づけました。

2017年まで序盤で歌うことの多かったSexyZone。

しかし、2018年には14番目と盛り上がった頃に歌いました。

2018年11月から、メンバーの松島聡が突発性パニック障害の治療に専念する為、芸能活動を当面休止することになりました。

その為、2018年に出場した紅白歌合戦では1人少ない4人で曲を披露しました。

「カラクリだらけのテンダネス~2018紅白ver.~」を披露し、4人を応援するような眼差しで視聴者はテレビにくぎ付けでした。

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5位 関ジャニ∞(7回)

 

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2012年、8周年目で初出場を果たした関ジャニ∞。

デビュー曲「浪花いろは節」と「無責任ヒーロー」のメドレーを披露しました。

浪花いろは節は演歌曲です。

デビュー当時、ジャニーズで異例の演歌でのデビューとなり、世間を驚かせました。

紅白歌合戦で出場した際は、他の演歌歌手に負けないくらいの迫力を感じさせました。

2012年から2015年までは中盤で盛り上げる曲順での出番が多かったのですが、2016年には初めてトップバッターを務めます。

ズッコケ男道」をホールの真ん中で披露しました。

ポップなダンス曲だけあって、序盤で景気づける曲となりました。

現在では、メンバーの村上信五が紅白歌合戦の司会枠を狙うほど、紅白歌合戦と相性の良い関ジャニ∞です。

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4位 少年隊(8回)

 

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1986年、仮面舞踏会で紅白初出場を決めた少年隊。

加山雄三がキャプテンとして仮面舞踏会の曲紹介をしたときに、「紅白初出場。少年隊「仮面ライダー」です」と言い間違えてしまいました。

言い間違いは現在でも言い継がれており、少年隊のメンバーは紅白歌合戦初出場のエピソードとして、「仮面ライダーと紹介された」とエピソードトークをしています。

加山雄三は「仮面舞踏会と仮面ライダーを言い間違いそうと話していたら、本当にそうなってしまった。」と話しています。

しかし、少年隊メンバーの東山紀之は、TBS放送「櫻井有吉アブナイ夜会」で、言い間違いの説明をしています。

リハーサルのときに、近藤真彦と、「その衣装仮面ライダーみたいだな」と話し、加山雄三が近くで聞いていて、起こってしまったようです。

言い間違いが起こってしまい、注目を浴びてしまった少年隊と加山雄三。

ジャニー喜多川も「最高だったよ」と話しており、言い間違いを称賛しています。

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3位 嵐(10回)

 

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2009年に初出場を果たした嵐。

10年連続、メドレーで終盤で披露しています。

A・RA・SHI」でデビューした嵐。

初出場のときには「A・RA・SHI」を含むメドレーを披露しています。

また、白組司会者は同じジャニーズ事務所の先輩の中居正広

事務所内の派閥争いの為、共演が少なかった嵐と中居正広でしたが、2組の共演にワクワクと嬉しさがこみ上げたファンが多くいました。

2010年から2014年まではグループとして白組司会を、2016年から2018年まではメンバーが白組司会を務めています。

2020年で活動休止する嵐。活動休止まであと2年あります。

残りの2年間で、全員が一人で白組司会をする計画がNHKで行われているかもしれませんね。

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3位 近藤真彦(10回)

 

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1981年に初出場を果たした近藤真彦。

披露した曲は「ギンギラギンにさりげなく」でした。

日本レコード大賞最優秀新人賞のときにも披露された曲でした。

トップバッターを務め、盛り上げました。

1988年まで8回連続で出場した後は、1996年にミッドナイトシャッフルを披露しました。

そして、2015年にギンギラギンにさりげなくを披露することとなりました。

デビュー35周年ということで、トリを任されました。

ジャニーズ事務所の最年長で長男とも言える近藤真彦が出場することで、すべてのジャニーズタレントの身が引き締まりました。

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2位 SMAP(23回)

 

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デビューした1991年から出場し続けたSMAP。

出場していないのは、2001年、2004年、2016年のみでした。

2001年はシングルCDリリース数が少なく、2004年、2016年はシングルCDをリリースしていません。

2016年に関しては、解散騒動の真っ只中であり、出場できる状況ではありませんでした。

2度目の紅白歌合戦では「雪が降ってきた」を披露し、トップバッターを務めています。

しかし、2003年に「世界に一つだけの花」を披露してからは、トリ前や大トリを7回務めるなど、出場した年の紅白歌合戦を締めくくる役割を担っていました。

そして、国民的アイドルへと成長していきました。

最後になるとはだれも思っていなかった2015年と、前年の2014年にはSMAPメドレーを披露し、SMAPとしての活動も締めくくっています。

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1位 TOKIO(24回)

 

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デビューした1994年から24回連続で出場し続けたTOKIO。

初出場のときに披露した曲は「LOVE YOU ONLY」でした。

2004年にトップバッターを務めるなど、序盤か中盤での出番ばかりでした。

2003年より東京ドームにてジャニーズカウントダウンに参加している為、移動を考えて出場順番が決定していました。

2019年には山口達也の不祥事があり、25回連続出場が叶わず、ファンのみならず、世間全体が落胆してしまいました。

また、ジャニーズカウントダウンにもTOKIOの出演はなく、国分太一が司会として出演するのみになりました。

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紅白に出場していないジャニーズグループは?

2018年の紅白歌合戦までに出場していないグループは、NEWS、KAT-TUN、Kis-My-Ft2、A.B.C-Z、ジャニーズWESTなどがあげられます。

彼らが出場できる機会があるとするならば、アニバーサリーイヤーのときです。

紅白歌合戦に出場できるジャニーズグループ枠は、3枠でした。

しかし、アニバーサリーイヤーや、影響力を与えたグループが多くなっていったことから、6枠へと増えていきました。

アニバーサリーイヤーで、なおかつ世間に影響を与えているグループであれば、次回出場が見込まれます。

しかし、影響力を与えるようなグループは現状おらず、これからの成長が期待されているグループがほとんどです。

NHKが展開するニュースやドラマなどで応援ソングや主題歌を歌うことで貢献すれば、紅白歌合戦出場に王手をかけることができます。

今後の活躍に期待ですね!

公正取引委員会より、独占禁止法の疑いをもたれてしまったジャニーズ事務所。

疑いに負けず、世間で注目を集め、人気を博して、風物詩である紅白歌合戦に出場できるグループが増えるといいですね!

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